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東京地方裁判所 平成3年(ワ)9680号 判決 1992年10月22日

甲事件原告・反訴被告

協立商事株式会社

(以下「原告会社」という。)

右代表者代表取締役

菊地龍太郎

乙事件被告

遠藤正

(以下「被告遠藤」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

井元義久

原告会社訴訟代理人弁護士

奥野滋

甲事件被告・反訴及び乙事件原告

関義行

(以下「被告関」という。)

仲田三郎

(以下「被告仲田」という。)

遠藤功

(以下「被告功」という。)

林利明

(以下「被告林」という。)

山之口國雄(以下「被告山之口」という。)

右五名(以下「甲事件被告ら」という。)訴訟代理人弁護士

向井弘次

植竹和弘

主文

一  被告遠藤は、甲事件被告らに対し、それぞれ金八〇万円及びこれに対する平成三年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告会社の請求をいずれも棄却する。

三  甲事件被告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その二を原告会社、その一を被告遠藤、その一を甲事件被告らの負担とする。

五  この判決の一、四項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一甲事件

甲事件被告らは、原告会社に対し、連帯して金三〇一六万四二〇〇円及びこれに対する平成元年一一月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二反訴

原告会社は、甲事件被告らに対し、それぞれ金一六〇万円及びこれに対する平成三年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三乙事件

被告遠藤は、甲事件被告らに対し、それぞれ金一六〇万円及びこれに対する平成三年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  原告会社は、産業廃棄物(廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)二条四項)に関する業務を主たる目的とする株式会社であり、千葉県から産業廃棄物の収集又は運搬を業として行う許可(廃棄物処理法一四条一項)を受けている(弁論の全趣旨)。

2  甲事件被告ら及び被告遠藤は、千葉県山武郡山武町(以下「山武町」という。)の住民である。

山武町は、千葉県のほぼ中央部に位置し、平成二年四月一日現在人口一万三一七七人、面積51.87平方キロメートルであり、農業人口五三二二人の典型的な農村地帯である(争いがない。)。

3  原告会社は、昭和五七年ころから山武町大木字堀田五五四番地ほか六筆の土地に、産業廃棄物埋立最終処分場(以下「産廃処分場」という。)を設置する計画を進めた(以下「堀田処分場」という。)。右土地は、被告遠藤の所有地であり、原告会社は、被告遠藤から産廃処分場設置のため右土地を借り受けた。

千葉県は、原告会社に対して、堀田処分場の設置を許可(廃棄物処理法一五条)するに際し、近隣住民の承諾を得るように指示したので、原告会社は近隣住民から承諾書を集め、この際、被告遠藤がこれに協力して山武町を中心に近隣住民宅を訪れ承諾書を集めた。

堀田処分場設置については、その後の手続も順調に進行し、千葉県知事の許可を得て設置された。堀田処分場は、山武町に最初に設置された産廃処分場である(争いがない。)。

4  原告会社は、昭和五九年一二月ころから、同六三年一二月一四日に堀田処分場の許可期限が到来した後利用する産廃処分場として、同年一二月中旬完成をめどに別紙計画地等一覧表記載の山武町大木字鴻巣の土地(以下「本件土地」という。)に産廃処分場を設置することを計画した(以下、これを「本件処分場」という。)。

本件土地は、堀田処分場から約三〇〇ないし五〇〇メートル離れた位置にあり、その二二筆のうち、二一筆を被告遠藤が所有している(残り一筆は遠藤まさが所有している。)。原告会社は、本件処分場設置のため、本件土地を被告遠藤から借り受けることにした(証人三沢正行(以下「証人三沢」という。)の証言及び弁論の全趣旨)。

5  原告会社は、本件処分場設置について、千葉県知事から許可を受けるための手続を始めた。

同県では産廃処分場の設置を許可するにあたって、まず、県の生活環境課及び協議会(県の清掃課、農地課、林地課、建築課、都市計画課等で構成される。)において、産廃処分場を計画地に設置することが付近の住民との関係や地域環境等に照らし問題がないかを審査する(この手続を事前協議手続という。)。右手続において、同県は、原告会社に対し、本件土地から三〇〇メートル以内に居住する者(以下「本件近隣住民」という。)から本件処分場設置について承諾を得ることを指示した。本件近隣住民は、甲事件被告らを含む一六三世帯であった。

原告会社は、千葉県に対し、昭和六二年一一月三〇日、右一六三世帯の各世帯主の署名がある(但し、この署名が各世帯主の真正な署名であるかは後述のとおり争いがある。)承諾書(そのうち、甲事件被告ら作成名義のものを以下「本件承諾書」という。)を提出した。

これらの事前協議手続の結果、同県は、本件処分場を設置すること自体には問題がないとして、同六三年二月一六日、同県知事から原告会社に対し、本件処分場について事前協議が終了したとの通知が出された。

事前協議終了通知を受けた原告会社は、本件処分場として具体的にどのようなものを造るのか、千葉県の土木規則に則った工事の内容を記載した産廃処分場設置届出書を作成し、これを県に提出した(甲第五ないし第九号証、証人三沢の証言及び弁論の全趣旨)。

6  ところが、甲事件被告らを含む山武町の住民は、昭和六三年五月六日ころ、千葉県知事に対し、本件処分場設置について承諾しておらず、承諾書は偽造されたものであるから、事前協議終了通知を白紙撤回するよう求める旨の陳情書を提出し、更に、その後行われた千葉県担当職員の事情聴取においても、右承諾書は偽造されたものであると申し立てた。

その結果、千葉県では、本件処分場の設置計画書を受理せず、今日でも本件処分場設置のめどは立っていない(争いがない。)。

7  原告会社は、甲事件被告らに対し、昭和六三年九月二二日及び同年一〇月一日、前記陳述を撤回しない限り訴訟を提起する旨の内容証明郵便等による文書を弁護士名で送付したが、陳情は撤回されなかったので、平成元年一〇月一三日、甲事件を提起した(争いがない。)。

8  甲事件被告らは、右訴えに応訴するため、平成元年一一月一四日、甲事件被告ら代理人である弁護士向井弘次に対して着手金として一〇〇万円(負担割合は各自二〇万円)を支払ったほか、成功報酬として合計二〇〇万円(負担割合は各自四〇万円)を支払うことを約した(乙第六九号証)。

9  甲事件は、原告会社が、甲事件被告らに対し、一旦本件処分場設置に承諾し自ら本件承諾書に署名押印しておきながら、千葉県に対する虚偽の陳情によって原告会社の本件処分場の設置計画を不当に妨害したとして、不法行為に基づき、(一)当初の予定であった昭和六三年一二月中旬に本件処分場が設置できなかったので、産業廃棄物を搬入するため杉田建材有限会社の処分場を借りなくてはならなくなり、このため同会社に対し、平成元年一月から同年八月まで、処分場利用代金として支払った合計八一九四万五〇〇〇円、(二)被告遠藤に対し、本件土地の地代として平成元年一月から同年九月まで支払った一か月二〇万円合計一六〇万円、(三)地質調査費として支払った五六万四二〇〇円のうち、右(二)、(三)の全額と同(一)の内金二八〇〇万円の合計金三〇一六万四二〇〇円の損害金及びこれに対する平成元年一一月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事件である。

10  また、反訴及び乙事件は、甲事件被告らが、原告会社と被告遠藤は、共謀の上、本件承諾書を偽造して千葉県に提出し、甲事件被告らが同県に対し、これについて真実を陳情すると、住民の口をふさごうと共謀し、内容証明郵便を送付した上甲事件を提起し、これによって甲事件被告らは、前記8記載の金員の支払を余儀なくされ、かつ、精神的苦痛により各自金一〇〇万円の損害を被ったとして、不法行為に基づき、反訴において、原告会社に対し、それぞれ金一六〇万円及びこれに対する平成三年六月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、乙事件おいて、被告遠藤に対し、それぞれ金一六〇万円及びこれに対する平成三年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事件である。

二本件の争点

1  甲事件の争点

甲事件被告らは、本件処分場の設置を承諾し、本件承諾書を原告会社に対して交付したか。

(一) 原告会社の主張

原告会社は、昭和五九年一二月ころ、堀田処分場を拡大する計画を進め、同月六日から昭和六〇年三月一八日の間に、甲事件被告らを含む本件近隣住民から、それぞれの署名押印のある承諾書(そのうち甲事件被告ら作成のものを以下「拡大承諾書」という。)の交付を受けた。

そのころ、原告会社は、本件処分場設置の計画を有していたが、堀田処分場の設置及び拡大に際してと同様、千葉県から近隣住民の承諾を得ることを求められることが予想されたため、拡大承諾書を得てから約一か月位後の間に、本件処分場設置についての承諾書を集めることにした。

被告遠藤は、原告会社の補助者として、甲事件被告らにその内容を説明し、被告関からは昭和五九年一二月六日に、同仲田からは同月一〇日に、同功からは昭和六〇年二月六日に、同林からは同月二五日に、同山之口からは同年三月一八日に、それぞれ本件処分場設置についての承諾を得、その署名押印した承諾書である本件承諾書の交付を受けた。

本件承諾書の各署名と拡大承諾書の各署名を比較すると、その筆跡は全く一致しており、本件承諾書の甲事件被告らの署名が真正なものであることは、明らかである。

(二) 甲事件被告らの主張

本件近隣住民は、昭和六三年三月ころ、本件処分場設置の計画があることを聞き、地域環境の悪化等を懸念して、右事実関係を明らかにするように求めるとともにその設置反対を陳情するため山武町役場に行った。そこで、本件承諾書を含む本件近隣住民から本件処分場設置についての承諾書が提出されていることを聞いて驚愕し、甲事件被告らは、千葉県に対し、陳情書を提出したのである。

甲事件被告らは、同五九年一二月六日から同六〇年三月一八日の間に、承諾書なるものに署名押印したことはあるが、それは、本件処分場設置についての承諾書ではない。甲事件被告らは、それぞれの自宅に被告遠藤の訪問を受け、堀田処分場の埋立ての期間を延長したいので承諾してほしい、すぐに終わるからなどといわれて、やむなくこれに同意し、被告遠藤の示した承諾書なる書面にそれぞれ署名押印した。その際被告遠藤の示した書面は、埋立所在地等の具体的な記載がなく、見出し等の印刷文字があるだけだった(以下「白紙承諾書」という。)。

ところで、本件承諾書の各住所欄、氏名欄の記載は、確かに甲事件被告らの筆跡によるものであるが、拡大承諾書の各欄の記載は甲事件被告らの筆跡ではなく、本件承諾書と拡大承諾書の各欄の記載を重ね合わせると、その文字の大きさ、文字と文字の間隔、文字配列の角度、方向等が全く一致する。しかし、同一人物が無意識に二度筆記した場合、このように一致することはありえない。

このことから推察すると、本件承諾書は、白紙承諾書を使い、埋立所在地等の欄を本件処分場のものとして後に記入して偽造したものである。そして、拡大承諾書は、本件承諾書の各住所欄、氏名欄の記載を透き写し等の方法により書き写して偽造したものである。

2  反訴及び乙事件の争点

(一) 原告会社と被告遠藤は、共謀の上、本件承諾書を偽造したか。

(1) 甲事件被告らの主張

原告会社と被告遠藤は、共同して本件処分場の設置を計画したが、すでに堀田処分場の運営について近隣住民から悪臭や地下水の汚染等について頻繁に苦情が寄せられていたので、本件処分場の設置については、本件近隣住民が反対し、承諾書に署名押印を受けられないことが予測された。

そこで、原告会社と被告遠藤は、昭和六〇年ころ、共謀の上、まず、被告遠藤が近隣住民を訪問し、堀田処分場操業の期間延長の承諾を求め、すぐに終わるからなどといって白紙承諾書に署名押印をさせた上、後日、埋立所在地等の記入をして、本件処分場についての承諾書として偽造し、これを千葉県に提出したものである。

(2) 原告会社及び被告遠藤の主張

争点(一)の原告会社の主張と同じ。

なお、原告会社は、産業廃棄物処理業者としては、千葉県をはじめ他から認められた優良業者であり、堀田処分場の操業についても、環境破壊を生じさせないように細心の注意を払っていたのであり、住民と産廃処分場操業について紛争を起こしたことはない。

(二) 原告会社及び被告遠藤は、共謀の上、甲事件被告らの口をふさぐため、内容証明郵便等を送付し、甲事件を提起したか。

(1) 甲事件被告らの主張

原告会社及び被告遠藤は、本件承諾書の偽造が明らかとなり、甲事件被告らが千葉県に対し陳情等をすると、既に莫大な資本を投下していることを考慮し、共謀の上、何とか甲事件被告らの口をふさごうと考え、甲事件被告らに対し、陳情を撤回しない限り訴訟を提起する等の内容の文書を弁護士名で内容証明郵便等の方法で送付し、甲事件を提起したもので、不当訴訟である。

(2) 原告会社の主張

原告会社の甲事件提訴は、甲事件において主張したように、正当な権利行使のためのものである。

(3) 被告遠藤の主張

原告会社の右提訴は、原告会社が独自に行ったものであり、被告遠藤は何ら関与していない。

第二争点に対する判断

一甲事件の争点について

1  被告遠藤は、「原告会社の社員の三沢から、堀田処分場の拡大と本件処分場設置について地元の住民の承諾を集めることを依頼され、それぞれの承諾書の用紙を渡された。甲事件被告らを含む山武町と八街町の住民を訪問して堀田処分場の拡大及び本件処分場設置について同時に承諾を求め、甲事件被告らから、拡大承諾書と本件承諾書に同時に署名押印を得た。」と供述する。そして、確かに、甲第二号証の一及び三ないし六並びに甲第三号証の一及び三ないし六によれば、拡大承諾書及び本件承諾書なる書面が各一通づつ存在し、かつ、本件承諾書(甲第三号証の一及び三ないし六)の住所欄、氏名欄の記載及び押印が、甲事件被告らによって作成されたものであることは、甲事件被告ら自身も認めるところである。

しかし、他方、被告山之口、同林、同功の各本人尋問の結果及び乙第一号証の一、二、第二ないし同五号証によれば、甲事件被告らは、「被告遠藤に堀田処分場の埋立期間の延長を承諾して欲しいと言われて承諾し、白紙承諾書一通に署名押印をしたことはあるが、本件処分場の設置に関する本件承諾書に署名押印したことはない。また、拡大承諾書に署名押印したこともない。」と供述し、甲第三号証の一及び三ないし六の住所欄氏名欄以外の部分及び甲第二号証の一及び三ないし六の真正な成否を否認する。

2  まず、拡大承諾書(甲第二号証の一及び三ないし六)の真正な成立が認められるかについて判断する。

(1) 鑑定結果

甲第四号証の一及び三ないし六(原告会社の提出した鑑定人田北勲(以下「田北」という。)による私的鑑定。以下「田北鑑定」という。)によれば、田北は、甲第二号証の一と第三号証の一、第二号証の三と第三号証の三、第二号証の四と第三号証の四、第二号証の五と第三号証の五、第二号証の六と第三号証の六の各氏名欄及び住所欄の記載が同一人によって書かれたものであると鑑定している。

これに対し、鑑定人大西芳雄(以下「大西」という。)による裁判所における鑑定(以下「大西鑑定」という。)の結果によれば、甲第二号証の一は第三号証の一の、第二号証の三は第三号証の三の、第三号証の四は第三号証の四の、第二号証の五は第三号証の五の、第二号証の六は第三号証の六の各氏名欄及び住所欄の記載を透写したものであるとされる。

甲第四号証の一及び三ないし六並びに甲第二七号証(田北の大西鑑定に対する反論)を検討すると、田北鑑定は、甲第二号証の一及び三ないし六と第三号証の一及び三ないし六の各文字の細部すなわち位置、角度、彎曲度、方向、長短、筆圧、筆勢等を比較した結果、多くの一致が認められ、相違している点よりも多いことにより、各記載の筆跡が同一人によるものと結論しているものと認められる。

これに対して、大西鑑定は、各文字の形に多くの一致が見られることは認めた上で、さらに進めて、甲第二号証の各記載と甲第三号証の各記載は、文字の大きさ、文字と文字の間隔、文字配列の角度、方向等が全く一致するのであるが、同一人物が無意識に二度筆記した場合このように一致することはありえないこと、甲第三号証の各記載が速筆でかつ強い筆圧と軽い筆圧を混同して書かれているのに対して、甲第二号証の各記載が遅筆で万遍なく筆圧を加えて書かれていること、甲第二号証の各記載は、一字が終わって次の文字に移るのに筆の流れが途切れている等筆の流れが不自然であること、甲第三号証の各記載に用いられた筆記具が多数の種類であるのに対し、甲第二号証の各記載に用いられた筆記具が一種類であること、また、両者を比べると、同一でも筆順の異なる文字があるが、同一人の筆記であれば筆順が異なることはないこと等、子細な検討を加えて、甲第二号証の各記載は、甲第三号証の各記載を透写したものであると結論付けたものである。

(2) 印影

甲第二号証の一、三、四、六と第三号証の一、三、四、六とを比較すると、その押印されている印影が異なっており、このことは、被告遠藤の供述のように同一機会に作成されたとすると、極めて不自然といわざるをえない。これについて被告遠藤は、別の場所についての承諾書であるから別の判をつくよう指示したと弁解するが、不自然であって到底採用することができない。

なお、甲第二号証の五と第三号証の五の各印影は同一と認められるが(被告林の供述のうち、被告遠藤が判を押さなくてよいというので白紙承諾書に署名するときも押印していないという弁解は不自然であるものの)、被告林の供述によれば、右印影は実印によるものではなく、三文判によるものと認められることなどからすると、同一の印影があるからといって直ちに甲第二号証の五と第三号証の五が同一機会に同一人によって作成されたと認めることはできない。

(3) 以上によれば、甲第二号証の一及び三ないし六は、甲事件被告らによって作成されたものとは認められず、したがって、真正に成立したものとはいえず、第三者が、甲第三号証の一及び三ないし六の住所欄、氏名欄の記載を透き写し等の方法によって写し、手持ちの三文判等の印鑑を押印して偽造したものと認められる(偽造主体については後述する。)。

被告遠藤は、甲事件被告らから、同時に、直接拡大承諾書と本件承諾書に署名押印を受けたと供述しているから、このことは、被告遠藤の供述と全く矛盾しており、本件承諾書の成立に関する被告遠藤の供述の信用性にも重大な疑いがあるといわざるをえない。

3  証人三沢は、「本件近隣住民による本件処分場設置の反対運動が起こった後、本件訴訟提起に至るまでの間に、甲事件被告らから事情を聴取したが、その際、被告関、同仲田、同功、同林から二通の承諾書に署名押印した記憶があるとか、あるいは、本件処分場についての承諾書に署名押印したことがあるとかいう回答を得た。そして、被告仲田は、本件承諾書に署名押印したことを認める誓約書(以下「誓約書」という。)に署名したのに、その後、同山之口から誓約書に署名してはいけないと言われたからといって、誓約書を破棄するよう申し入れた。また、被告功も、誓約書を書くと約束したのに、二、三日後の平成元年八月二〇日、誓約書を受け取りに同被告宅を訪れたところ、その態度が変わり、結局、誓約書を書かなかった。」と供述する。

そして、証人三沢の証言及び弁論の全趣旨によれば、甲第二六号証は、右同日の三沢と被告功の会話をテープに録取したものを反訳したものと認められる。しかし、同号証によっても、被告功が本件処分場について承諾したことを明確に認めた事実を窺わせるような会話は認められない。なお、仮に、被告功が原告会社に対し、本件承諾書に署名押印をしたことを窺わせるような発言をしたとしても、証人三沢の証言、被告功本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告功は白紙承諾書に署名押印したことは認めていることなどからすると、本件訴訟提起前においては、事実関係が相当混乱したまま話合いがされた可能性が高いと認められるから、このことから直ちに被告功が本件処分場設置を承諾していたということはできない。

4  また、原告会社は、甲第二五号証の一ないし三〇(誓約書)に基づき、甲事件被告らとともに本件処分場設置に反対している住民のうち、三〇名が、その後、平成三年七月三日ないし七日付けの右書面で、本件処分場に関する承諾書に署名、押印した事実を認めたと主張する。

しかし、そもそも、甲第二五号証の一ないし三〇は、甲事件被告ら自身が誓約した文書ではないから、直ちに甲事件被告らが本件処分場の設置に同意した事実を裏付けるものではない。

その上、乙第七〇号証の一ないし三〇及び第七一号証の一ないし三〇によれば、右誓約書に署名した住民は、被告遠藤の訪問を受け、堀田処分場について承諾したことの確認を求められたもので、誓約書の用紙のうち、手書きの用紙については堀田処分場の場所だけの記載しかなく、また、コピーの用紙については「山武町大木字鴻ノ巣七五一―一」と「外」との間に鉛筆で「以」との文字が書き加えられ、鴻ノ巣「以外」であることが明示されていたなどと主張するところ、手書きの用紙については、堀田処分場の記載の下に並べて本件土地の記載があるが、その体裁からみて、後者は、後から書き加えることが可能であり、コピー用紙のうち、甲第二五号証の二、六、一二をみると、「山武町大木字鴻ノ巣七五一―一」と「外」の間の部分は、こすったように紙が薄くなっており、文字を消した跡が窺われる(被告遠藤は、幼稚園に行っている子供が悪戯書きをしたのを消したので紙が薄くなっていると弁解するけれども、不自然であって採用することができない。)。さらに、乙第六ないし第六三号証によれば、本件近隣住民は、甲事件被告らとともに、本件処分場の設置に反対し、平成二年一月ころ、甲事件被告ら代理人弁護士の質問に対し、本件処分場設置についての承諾をしていないと回答していることが認められる。

これらによれば、甲第二五号証の一ないし三〇は、真正に成立したものと認めることはできない。

5  なお、原告会社は、本件処分場の設置をめぐって山武町の近隣一帯で原告会社が準備活動をしていたにもかかわらず、山武町のような小さな農村地帯に住む甲事件被告らが本件処分場設置の計画の存在を知らなかったとは到底考えられないと主張する。確かに、甲第一六、一七号証、第一八号証の一、二、第一九ないし第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告会社は、昭和六〇年九月ころから、甲事件被告らの居住する地域と隣接する山武町大木字横堀台や八街町で、本件処分場設置について住民と交渉、協議するなどしていた事実、同六二年一一月ころ、本件土地の近隣にある水路を本件処分場を設置するため埋め立てることについて、大口部落長ほか一〇名から同意書の交付を受けた事実など(ただし、乙第六五ないし第六八号証によれば、同意した住民の一部は、後に同意を取り下げたいと山武町長に申し出、この中で水路埋立が本件処分場設置のためされることを知らないまま同意したと述べている。)が認められる。

しかし、右事実から、直ちに甲事件被告らが本件処分場設置の計画を知っていたとは認められないし、また、仮に、甲事件被告らが、この事実を聞きながら、昭和六三年三月に至るまで反対運動を起こさなかったとしても、そのことから直ちに本件処分場の設置を承諾していたとはいえない。

6  そして、甲第二一号証、乙第六ないし第六三号証、第七二号証の一ないし七八によると、本件処分場の設置に関する承諾書には、承諾文言と各項目欄の見出し、原告会社名等の記載だけが活字で、埋立所在地、埋立面積、埋立品目、埋立期間の各具体的な記載はすべて一枚一枚手書きされた用紙(以下「手書き用紙」という。)、埋立品目及び埋立期間だけが印刷文字で記載されている用紙、埋立面積、埋立品目、埋立期間及び埋立所在地のうち一部の場所が印刷文字で記載されている用紙、埋立所在地を含め全部が印刷文字で記載されている用紙の四種の用紙が用いられているが、甲事件被告ら及び甲事件被告らの代理人に対して本件処分場の設置に反対であり、承諾書に署名押印した覚えがないと回答した山武町住民五八名の承諾書は、すべて手書き用紙が用いられている。

この事実は、甲事件被告らの主張のように、本件承諾書が、甲事件被告らの署名押印した白紙承諾書に、後から埋立所在地等を記載して作成したものであるとの可能性を裏付けるものといえる。

なお、被告遠藤は、埋立所在地等が活字によって記載されている用紙は、八街町等他の町で承諾を集めるのに使ってしまい、山武町は地元なので同人の妻に右記載を一枚一枚手書きさせた用紙(手書き用紙)を使った、と供述するが、甲事件被告らから集めたという拡大承諾書が、承諾文言と各項目欄の見出し等が活字で記載されている用紙に、埋立所在地等を手書きし、これを必要部数コピーして作成した用紙を用いていることと比較すると、本件承諾書を含め山武町住民から集めた本件処分場に関する承諾書が、全部で六〇枚以上に及ぶのに、その手書き部分がそれぞれ異なり、一枚一枚手書きされていることは、不自然といえる。

7  以上によれば、被告遠藤の前記1項の供述は、到底採用することができず、甲第三号証の一及び三ないし六(本件承諾書)は、埋立所在地等の手書き部分がすべて記載された状態で、甲事件被告らが署名押印したものと認めることはできず(その経過は後記のとおり)、したがって、真正に成立したものとはいえない。そうすると、甲事件被告らが本件処分場の設置を一旦承諾し、本件承諾書を作成交付したとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の甲事件被告らに対する請求は、理由がない。

三反訴及び乙事件の争点

1  争点(一)について

甲第三号証の一及び三ないし六が真正に成立したものと認められないこと、甲第二号証の一及び三ないし六は、甲第三号証の一及び三ないし六の各住所欄、氏名欄の記載を透き写し等の方法によって写し、手持ちの三文判等の印鑑を押印して偽造したものであることは前記認定のとおりであり、右事実、乙第一号証の一、二、第二ないし第五号証、証人三沢の証言及び被告遠藤(ただし、後記採用しない部分を除く。)、同山之口、同林、同功の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

被告遠藤は、三沢から、昭和五九年一二月ころ、本件処分場の設置と堀田処分場の拡大について、本件近隣住民の承諾書を集めることを依頼され、その用紙を渡された。

被告遠藤は、甲事件被告らを含む本件近隣住民宅を訪問し、その際、甲事件被告らに対して、堀田処分場の期間延長の承諾をして欲しいと申し入れ、甲事件被告らがこれを承諾すると、埋立所在地等が白紙の用紙(白紙承諾書)を差し出し、これを堀田処分場の期間延長の承諾書であるかのように装って、署名押印させた。被告遠藤は、甲事件被告らが署名押印した右用紙を自宅に持ち帰り、同人の妻に埋立所在地として、山武郡山武町大字鴻ノ巣七五二の一、外七八筆などとしたほか、埋立面積、埋立品目、埋立期間の欄を一枚一枚手書きさせ、これを本件処分場の設置についての承諾書であるようにして、本件承諾書を偽造した。また、被告遠藤は、白紙の用紙を用いて、同人の妻に埋立所在地として山武郡山武町大字堀田五五一―一などと具体的記載を手書きさせたものをコピーして拡大承諾書の用紙を必要部数作成し(手書きの用紙は、その体裁からみて少なくとも二部作成し、これをそれぞれコピーしたものと認められる。)、その住所欄、氏名欄に、前記白紙承諾書における甲事件被告らの住所欄、氏名欄の記載を透き写し等の方法でそっくり写し取り、手持ちの三文判を押印して拡大承諾書を偽造した。

被告遠藤は、こうして偽造した本件承諾書及び拡大承諾書を三沢に交付し、原告会社は、本件承諾書を千葉県に対して提出した。

以上の事実が認められ、これに反する被告遠藤の供述は前掲各証拠に照らし、採用することができない。

右によれば、被告遠藤は、甲事件被告らに対し、堀田処分場の期間延長の承諾であると偽って白紙承諾書に署名押印させ、これを利用して本件承諾書を偽造したものと認められる。

しかし、本件全証拠によっても、原告会社が、被告遠藤と共謀してこのような偽造を行った事実を認めることはできない。

2  争点(二)について

原告会社が、甲事件被告らに対し、昭和六三年九月二二日及び同年一〇月一一日、陳情を撤回しない限り訴訟を提起する旨の文書を弁護士名で内容証明郵便等の方法で送付した事実、陳情が撤回されなかったので、平成元年一〇月一三日、甲事件を提起した事実については、当事者間に争いがない。

そして、甲事件提起に至る経緯についてみると、甲第四号証の一ないし六及び証人三沢の証言によれば、原告会社は、本件陳情がされた後、本件近隣住民から事情を聴取し、また、平成元年八月二八日、田北に筆跡鑑定を依頼し、甲事件被告ら名義の本件承諾書と拡大承諾書の住所欄及び氏名欄の各記載の筆跡が同一人によるものであるという結果を得て、甲事件を提起した事実が認められる。

右の事実及び争点(一)で判断したように、原告会社が被告遠藤と共謀して本件承諾書を偽造したことは認められないことに照らせば、原告会社の甲事件提起等の行為が、甲事件被告らに対する違法、不当なものであると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、本件全証拠によっても、被告遠藤が原告会社と共同して甲事件提起等をしたと認めることはできない。

右によれば、甲事件被告らの原告会社に対する反訴請求は理由がない。

3 次に、甲事件被告らの被告遠藤に対する請求(乙事件)について判断するに、被告遠藤が、原告会社と共謀して甲事件を提起等したとは認められないが、被告遠藤が、本件承諾書及び拡大承諾書を偽造した結果、これが原因となって原告会社と甲事件被告らの間に紛争が生じ、訴訟にまで発展したもので、甲事件被告らは応訴を余儀なくされ、精神的苦痛を被ったものと認められる。そして、前記認定の事実その他本件における一切の事情を考慮すると、慰謝料として各人当たり八〇万円をもって損害と認めるのが相当であるから、被告遠藤は、八〇万円及びこれに対する平成三年八月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を甲事件被告ら各自に対し、支払う義務がある。

第三結論

以上によれば、甲事件における原告会社の請求及び反訴における甲事件被告らの請求は理由がないからこれを棄却し、乙事件における甲事件被告らの請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は棄却する。

(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官小川浩 裁判官岡部純子)

別紙計画地等一覧表<省略>

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